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【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第2節 休日の午後 [9]




 視界の隅に転がっている携帯。
 こちらからかけるなんて事は滅多に無い。と言うより、今まで一度も無かったのではないだろうか?
 時計を見上げる。午後十一時。
 もう寝てるよ。それに、瑠駆真がどういう考えかなんて、アンタに関係ある? 瑠駆真がどういうつもりであろうとも、ラテフィルへ行くか行かないかはアンタ次第なんだし。
 でもさ、もしもさ、もしも本当は瑠駆真、私が行こうが行くまいがラテフィルになんか行くつもりはない、なんて心決めているようだったら、そもそも私が行くか行かないかで悩む必要も無いワケじゃん。つまり、私と離れるからなんていうのは口実で、本当はもっと別の理由でラテフィル行きを拒否しているのかもしれないし。
 そうだったら、美鶴の選択は無意味なワケであって、そうなると美鶴はそもそもそんな事柄に頭を悩ませるような必要は無くなるワケだ。
 うーん、でも、だったら瑠駆真がラテフィルへ行くのを拒否する理由って、何?
 しばらく瞳を閉じて考え、勢いよく顔をあげると携帯に腕を伸ばした。
 考えなくて済むのなら、それに越した事は無い。確認してみよう。
 拳を握り締めて決意し、ボタンを操作した。



 液晶の画面に、瑠駆真は一瞬目を疑った。
 嘘だろ?
 震える指で通話ボタンを押す。
「もしもし?」
 声も少し震えている。
「美鶴?」
「あ、起きてたんだ」
「美鶴? 嘘だろ? 君から電話だなんて」
 夢みたいだ。
 本当に、夢でも見ているのではないだろうか? 古典的だとは思いながらも頬を抓り、その刺激に安堵する。
「こんな夢なら醒めないで欲しいね」
「は? 馬鹿な事言うな。ただちょっと用事があったから電話しただけ」
「へぇ、こんな夜更けに何の用かな?」
 見るからに、いや、聞くからに楽しそう。
「明日をも待てない程の用事?」
「別に大した用事では。ただちょっと、聡とかに聞かれると厄介かなとも思って」
「ふーん。聡に隠れてコッソリと、か。嬉しいね。自慢したくなる」
「やめろ、聡には言うな」
「どうして?」
「責められるのは私だ」
「それを承知でかけてきたんだろう?」
「そんな事言うなら、切るっ!」
 本当に切りそうな勢い。瑠駆真は優しく瞳を閉じる。
「ごめんごめん、嬉しくってついからかってみたくなった」
 そういう発言もやめてくれ。
 美鶴は携帯を握り締めながら頭を抱える。
 完全に誤解させたかも。あぁ、やっぱり電話なんてしなけりゃよかった。
 だが、もう遅い。
 諦めて息を吸う。
 聞くだけだ。サラッと聞くだけだから。
 言い聞かせて口を開く。
「お前のお遊びに付き合うつもりも無いから本題に入る」
「どうぞ」
「この間、メリエムさんに会った」
 一気に、気分が()めてしまった。
 メリエムが、美鶴と?
 状況が読めず、返答に窮する。
 何の反応も示さない相手に、美鶴は仕方なく話を進める。
「ラテフィルに来いって言われてるんだろう?」
「あぁ」
「夏休みの間だけラテフィルへ来いってさ」
「あぁ、言われたよ」
 しつこくね。
 思い出すだけでもウンザリする。
 電話をもらって浮かれてしまった自分がバカみたいだ。まるで有頂天になって踊り歩き、よそ見をしていたらいつの間にやらジトジトとした湿地に片足を突っ込んでしまったかのよう。
「拒否してるって聞いた」
「承諾する理由が無い」
「でも、私と一緒ならいいって、言ったんでしょう?」
 瑠駆真は、再び黙った。
「私が行くならいいよって、メリエムさんに返事したんだよね?」
「何が聞きたい?」
 数分前までの、美鶴からの電話に心を弾ませていた時と比べると、ずいぶんとトーンが下がっている。
「何が聞きたいんだ?」
「その言葉が本当かどうかってのが、聞きたいの」
「え?」
「私と一緒だったらラテフィルへ行ってもいいよって話、本当? 本当はさ、私が一緒に行こうが行くまいが、ラテフィルへは行くつもりもないんじゃないの?」
「どうして?」
「どうしてって」
「どうしてそう思うの?」
「だって」
 美鶴は左手の人差し指を顎に当てる。
「だってさ、行った事もない国なんでしょう? それにさ、聞いてるとさ、王位継承だとか王族だとかって、やたらとスケールの大きな話みたいだし。そんな状況の中で決断するのに、たかが私が一緒に行くか行かないかだなんて理由が決め手になんてなるのか? そんなコトってあるのかなぁ? なんて思ってさ」
「たかが、君の存在が?」
「だってそうでしょう? そもそも、これは瑠駆真の問題であって、私には関係が無い。逆に瑠駆真にとっては今後にも関わる問題なんだろうけど」
 そうだよ。瑠駆真はひょっとしたら学校を卒業した後はラテフィルへ行って、王位を継いだお父さんの息子として、王族として生活するかもしれないんだ。夏休みにラテフィルへ行くって事は、ラテフィルの人たちに瑠駆真を認めてもらうためだってメリエムさんは言ってた。だったら、行かなければ認められないワケで、そうなってくるとラテフィルでの生活は望めないから、だから卒業後の瑠駆真の進路は変わってくるワケで。
「瑠駆真にとっては、すっごく重大な問題なんだよね」
「そう、なるのかな」
 まるで他人事のよう。
「そうなるのかもしれないね」
「だったらさ、私が行くか行かないかなんて、そんな理由で物事を決めるなんて変だなって思ってさ。だいたい、私はまったく関係の無い人間なワケだし」
 瑠駆真は黙って聞いている。
「メリエムさんに、ラテフィルに行かない? って聞かれた時、私、正直ビックリした。考える前に理解にも苦しむ。でもさ、そもそも私が断ろうが受けようが瑠駆真がラテフィルへは行かないって言うんなら、私は考える必要は無いのかなって思ってさ。それで電話してみたの」
 美鶴はそこで一呼吸置く。
「ねぇ瑠駆真、本当はさ、私が一緒に行くって言っても、ラテフィルへは行かないつもりなんじゃないの?」
「美鶴が行くんなら、僕は行くよ」
 あまりにも素早い返答に、美鶴は絶句してしまった。







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